任意のテーマを視点と受容で笑いに変える、豆鉄砲の漫才

この記事では、M-1グランプリ2025の敗者復活戦(Cブロック・7組目)で披露された豆鉄砲の漫才ネタ「おじさんカメラマン」を書き起こし、その感想を書いていきます。

※漫才タイトルは内容から勝手に決めたので正式なものではありません

このブログでは漫才の書き起こし記事を書くことがありますが、ネタを書き起こすことで、動画やライブを観るだけでは気付くことができない構造的なテクニックや言葉のニュアンス、言い回しの面白さを発見できるのではないかという意図があります。

しかしながら、漫才は当然、漫才として観たほうが絶対に良いので、豆鉄砲の漫才を観たことがない方は、この先の書き起こしを読む前にぜひ何らかの方法で漫才を観てみてください。

※本記事は広告およびアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 

 

豆鉄砲とは

まずは豆鉄砲というコンビを簡単に説明しておきます。

豆鉄砲はワタナベエンターテインメントに所属するコンビで東健太郎ホセから成ります。

2018年結成。M-1グランプリ2024までの戦績は以下の通りです。

2017年 1回戦敗退
2018年 2回戦敗退
2019年 2回戦敗退
2020年 1回戦敗退
2021年 2回戦敗退
2022年 3回戦敗退
2023年 準々決勝敗退
2024年 準決勝敗退

ワタナベエンターテインメントプロフィールM-1グランプリ コンビ情報

豆鉄砲の漫才「おじさんカメラマン」の書き起こし

ホセ どうも豆鉄砲です。お願いします。
 お願いします。
ホセ ありがとうございます。

(ここから東はホセを含む観客全員に対して話す)
 あの、修学旅行に一緒に帯同して写真を撮ってくれていたおじさんカメラマン……。
ホセ ああ、いたな。
 ……に、なんか俺たち、もうちょっとお礼言っといたほうが良かったっぽくね?
ホセ なんだそれ? お礼?
 うん。
ホセ だって写真撮ってくれてただけじゃないの?
 んー、なんか、班行動のときとかに、ふと、みんなとはぐれてしまって、周り見たらさっきまでいた先生や友達がいない、急に自分が修学旅行の外に放り出されてしまったかのような、そんな不安を感じてるときに、視界の中をあのおじさんカメラマンが横切ったときの安心感。
ホセ いや、あったけど。
 あ、ここ、まだ修学旅行の中だったんだっていう。
ホセ それが何なんだよ。
 つまり何が言いたいかっていうと、あのおじさんカメラマンこそが、修学旅行の縁(ふち)だったんだよ。
ホセ 縁(ふち)?
 あのおじさんが立ってるとこまでが修学旅行。
ホセ おお?
 あのおじさん超えたらもう迷子ね。
ホセ おお?
 学校の先生がよく言ってたな。家に帰るまでが修学旅行ですって。これは、時間の説明しかしてないんだよ。
ホセ 時間?
 あのおじさんカメラマンは、自らの歩みをもってして、空間的に修学旅行がどこまでかということを俺たち生徒に教えてくれていたというわけなんだよ。なあ、お前たち、ここまで聞いて、なんでまだそんな座ってんだ?
ホセ 立っちゃダメだからだよ。悪いんだけど、ごめん、正直あんまり覚えてないんだよな、あのおじさんカメラマンのことを。
 ああ、それで、いい。
ホセ ええ?
 一流のカメラマンはおれたちの修学旅行の思い出の中に足跡を残さない。
ホセ 何それ?
 あくまで自然な生徒の表情を撮るため、自分という存在を極力消すんだよ。
ホセ そうなの?
 あの人がいったい修学旅行のいつからいて、いつからいなかったか、覚えてるやついるか?
ホセ うーん。
 身体はひとつなのに、なぜ全クラスのバスの中の写真があったか考えたことあるやついんのか?
ホセ 確かに! なんでだ、これ?
 あの人がどんだけおれたちの見てないところで動き回ってくれてたことか。
ホセ ああ。
 (ホセを指差して)それをこいつは、たった今、覚えてないと言いやがった。本当に、いい人に当たったんだねえ!
ホセ どういう気持ちになったらいいんだよ、それ! (自分が)すごい悪い気がしてきたよ。思い出してえなあ。
 なんか、ちょうどお父さんよりは年上、でもおじいちゃんよりは年下じゃなかったか?
ホセ そうかも。
 ちょうどこのゾーンにいただろ?
ホセ うん。
 大事なのは、親しみはあるけど家族味はないってことなんだ。
ホセ なんだ家族味って、聞いたことない。
 これが修学旅行を撮るためのベストな距離感。
ホセ うん?
 若い兄ちゃんじゃダメなんすよ。女子が騒ぐから。
ホセ うん。
 若い姉ちゃんじゃダメなんすよ。男子がはしゃぐから。
ホセ うん。
 だからおじさんじゃなきゃダメなんだよ!
ホセ ああ……それ、おばさんじゃダメなの?
 おばさんは、修学旅行の中に入ってき過ぎる。
ホセ 何それ? 入ってき過ぎる? 何それ? 入ってき過ぎるって。どういうこと?
 (ホセのそばで)この距離で写真撮ってくるぞ。
ホセ 近過ぎるだろ。
 おばさんは! おばさんはこう!
ホセ デジカメで撮ってねえか?
 決して膝をついて写真を撮ることはない。
ホセ 撮るよ、カメラマンなんだから。
 いいか、よく聞け。おばさんは、俯瞰で写真を撮ることができません。
ホセ なんてことを言ってるんだ、お前!
 主観でしか撮れない。別にいいよ、おばさんが来ても。でもその代わり修学旅行の写真、全部、目で撮ったみてえな写真になる。
ホセ ならねえよ! なんだ目で撮ったような写真って、よくわかんないわ。
 入ってくるから、おばさんは、夕食時の円卓に、みんなで入ってる大浴場に、おばさんは必ず入ってくる!
ホセ おばさん過ぎるだろ! おばさんの中でもおばさんが来ちゃってるから。
 そういう旅行の楽しみ、全部我慢して、おじさんカメラマンはどうしてくれてたよ?
ホセ だから思い出したくても思い出せねえんだよ。
 それでいいんだよ!
ホセ それやめてくれ、ぐちゃぐちゃになるから!
 そういう仕事がしてえよなあ?
ホセ もういいよ! どうもありがとうございました。

感想

このネタは、東が"修学旅行のときにいた「おじさんカメラマン」がどういう存在だったか"を棚卸しすることで、ディテールの言語化、そして新たな解釈を提示していく構成になっています。

ホセはそれを聞かされる観客代表としてリアクションもしくはツッコミをしていく役割。

言語化と新しい解釈の発見による笑い

東は、"みんなとはぐれてしまったときに「おじさんカメラマン」を見つけたときの安堵感"というあるある(もしくはありそうな事象)をあえて「修学旅行の縁(ふち)」と言語化し、「家に帰るまでが修学旅行」を時間軸だとすれば、「おじさんカメラマン」は空間軸だったという新解釈の発見を提示しています。

ホセが「こいつは一体何を言ってるんだ……?」という気持ちを含ませた相槌で泳がせているのがすでに面白くて、ある一線を越えるとそれがツッコミに切り替わり、さらに笑いを生みます。

思い出すと、M-1グランプリ2024でも豆鉄砲は敗者復活で「ハンバーグ」をテーマに同じ形の漫才をしていて、これが彼らの確立した新しい形なのだと思います。

東とホセなら何でも漫才にできる

おじさんカメラマンはひとりのはずなのに全クラスのバスの中の写真があることへの違和感に気付いたり、すごい仕事をしているけどなぜかその存在を思い出せないことこそが優秀なカメラマンの証であると定めたり、この漫才を成立させているのは東の独特な視点としっかりとした論理による説得力、そしてそれらをあくまで一般人の感覚で浴び続けるホセの受容力です。

これが成立してしまうと、どんなテーマでも漫才になってしまう強さがあると思います。

つまり、来年こそは決勝に上がってほしい!